私の出版までの道のり
筆者:栢野(かやの)克己氏
★こんにちは!栢野です
どうも!こんにちは!栢野です。今は下関に来ています。
昨日は下関・長府商店街青年部の方々に招いていただき、つたない講演をさせていただきました。「不動産のアーイアイ」溝渕さんが中心となり、この小さな町で約60人もの方々が集まってくれました。70歳のブティック店主など、来た人たちは皆、元気でしたね。知らなかったのですが、ここは、なんと「明治維新発祥の地」だったんですね。あの高杉晋作の騎兵隊が結成されたのがこの長府だということです。大きな碑が立ってました。また、近くには、当時世界最強と言われたバルチック艦隊を破った「乃木将軍」の神社や、古くは武蔵と小次郎が戦い、近年ではバカなアントニオ猪木とマサ斉藤が戦った(笑)「巌流島」もあり、やはりこの「長州」は見どころ満載ですね。
実はこの下関は、私の師匠の一人であり、最近は酢などの自然食品通販で約300億と大成長している「やずや」創業者:矢頭宣男さんが創業した地でもあるんです。東京の大和ハウスを3年で辞め、その後はボウリング場支配人やパブスナックマネージャーと転職を繰り返し、上司と喧嘩して無目的に独立。しかし、アイデア商品や贈答品販売など1年で3回も事業に失敗し、嫁さんが貯めた資金を使い切ってパーに。
その後、結婚式の司会業やクロレラの訪問歩合販売。妻の美世子さん(現社長)は朝4時に起きてヤクルトの販売をし、貧乏なので市場のサバ3匹を100円で買って生計をたてるなど、挫折失敗・苦労の連続でした。
その後、数年で従業員25名・年商5億まで行きますが、取引先の倒産に巻き込まれて事業を大幅に縮小。再び夫婦だけで再スタートしたのが今から20年前です。
私もダメ転職を繰り返し、家の借金問題で仕方なく起業したのが8年前。その後も事業はうまく行かず、何度もウツになり、生活はまさに地を這うような状態が長く続きました。ユニクロでさえ、5年に1回しか行けませんでした。何度も何度も自分の人生を諦めようと思いましたが、一方ではこのままで終わりたくない、何とか這い上がりたいと、矢頭さんやランチェスター経営(株)竹田先生の教えに学び、かつ、同じような気持ちの人間を集めて「九州ベンチャー大学」という勉強会を5人でスタートし、毎月「這い上がった人」をゲストに招いて人生と経営を勉強。仲間からは、創業7年で来期の株式上場が有望視される住宅リフォームの「ホームテック」小笠原社長や、今年も高額所得者となった「聖心美容外科」山川院長のような大実業家も生まれました。
どうも!こんにちは!栢野です。今は下関に来ています。
昨日は下関・長府商店街青年部の方々に招いていただき、つたない講演をさせていただきました。「不動産のアーイアイ」溝渕さんが中心となり、この小さな町で約60人もの方々が集まってくれました。70歳のブティック店主など、来た人たちは皆、元気でしたね。知らなかったのですが、ここは、なんと「明治維新発祥の地」だったんですね。あの高杉晋作の騎兵隊が結成されたのがこの長府だということです。大きな碑が立ってました。また、近くには、当時世界最強と言われたバルチック艦隊を破った「乃木将軍」の神社や、古くは武蔵と小次郎が戦い、近年ではバカなアントニオ猪木とマサ斉藤が戦った(笑)「巌流島」もあり、やはりこの「長州」は見どころ満載ですね。
実はこの下関は、私の師匠の一人であり、最近は酢などの自然食品通販で約300億と大成長している「やずや」創業者:矢頭宣男さんが創業した地でもあるんです。東京の大和ハウスを3年で辞め、その後はボウリング場支配人やパブスナックマネージャーと転職を繰り返し、上司と喧嘩して無目的に独立。しかし、アイデア商品や贈答品販売など1年で3回も事業に失敗し、嫁さんが貯めた資金を使い切ってパーに。
その後、結婚式の司会業やクロレラの訪問歩合販売。妻の美世子さん(現社長)は朝4時に起きてヤクルトの販売をし、貧乏なので市場のサバ3匹を100円で買って生計をたてるなど、挫折失敗・苦労の連続でした。
その後、数年で従業員25名・年商5億まで行きますが、取引先の倒産に巻き込まれて事業を大幅に縮小。再び夫婦だけで再スタートしたのが今から20年前です。
私もダメ転職を繰り返し、家の借金問題で仕方なく起業したのが8年前。その後も事業はうまく行かず、何度もウツになり、生活はまさに地を這うような状態が長く続きました。ユニクロでさえ、5年に1回しか行けませんでした。何度も何度も自分の人生を諦めようと思いましたが、一方ではこのままで終わりたくない、何とか這い上がりたいと、矢頭さんやランチェスター経営(株)竹田先生の教えに学び、かつ、同じような気持ちの人間を集めて「九州ベンチャー大学」という勉強会を5人でスタートし、毎月「這い上がった人」をゲストに招いて人生と経営を勉強。仲間からは、創業7年で来期の株式上場が有望視される住宅リフォームの「ホームテック」小笠原社長や、今年も高額所得者となった「聖心美容外科」山川院長のような大実業家も生まれました。
投稿者 SOHO's Club 2004年6月10日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★一年間で一万人
こうして2003年は、声がかかってスケジュールが空いていたら講演や研修や単発相談に乗らせていただき、気づいたら1年で約5000枚の名刺が残っていました。年間365日で内勤や仕事のない日を除いた実質稼働を250日とすると、1日平均約20人と面談雑談。これ以外に、電話やメール・FAXでの会話が1日数十はありますから、年間で軽く1万人の方とは接触を持ったことになります。
まあ、名刺やメールアドレスの管理もまだできてなく、単なる名刺コレクターの域を出ていませんし、広く浅いつき合いが大半ですが、この1万人との「接近戦」が最大の財産ですね。
事実、こんな私でも実際に会って気に入ってくれ、その多くの人が「小さな会社★儲けのルール」を周囲の社長さんやビジネスマンへ勧めてくれました。中には本をお客さんへの手土産に定期的に使ってくれる人もいて、こういう読者の方達のお陰で、「楽天ブックス」ではビジネス書2003年年間ベストセラーで1位にさせてもらました(2003年1/2の楽天ブックスニュース発表)。もう、感謝しかないですね。
★ローカル限定出版
そして、最初に出版が決まっていながら延び延びになっていた2冊目「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」が2004年の1月末に発売。これは福岡の小さなローカル出版社「石風社」が発売元で、書店ルートでは福岡地区以外には流れていません(ネットでは全国発売)。ですから1冊目ほどは売れていませんが既に第2刷となり、地場出版業界では平均約2000冊のところ現在7000部で、ローカル限定出版としては大健闘です。
「栢野さんは本が出せてラッキーでしたね」とよく言われます。しかし、私に言わせたら、これはラッキーでも何でもない。誰にでもチャンスはあると思います。出版不況とは言われますが、出版社は常に新しい書き手を捜しています。でも、「待っているだけ」では話は来ません。
★本は誰でも出せる
最近、増えているのは「メルマガ」や「楽天日記」を出し、読者やアクセスを増やして出版編集者の注目を浴び、本の出版に結びつけるという方法。私の友人では「がんばれ社長」の武沢さん、「営業マンは断ることを覚えなさい」の石原さん、「週末起業」の藤井さん、「経営戦略考」の森さん他がいます。
また、大阪の「自然産業振興・売上増進会」の栗本さんの場合、企画書を書いて約20社へ送って交渉し、何度も断られながらも最後には「もっと儲かりまっせ」をアサ出版から出しました。
私も最初に出版が決まった「逆転バカ社長」の場合、メルマガも何も出していない2002年3月、書き上げた原稿と企画書を東京の出版社約30社へ送り、当然?全滅。しかし、ダメ元で電話をして直接訪問して会った地元「石風社」藤村さんに、最後の最後で認めてもらい、OKとなりました。
こうして2003年は、声がかかってスケジュールが空いていたら講演や研修や単発相談に乗らせていただき、気づいたら1年で約5000枚の名刺が残っていました。年間365日で内勤や仕事のない日を除いた実質稼働を250日とすると、1日平均約20人と面談雑談。これ以外に、電話やメール・FAXでの会話が1日数十はありますから、年間で軽く1万人の方とは接触を持ったことになります。
まあ、名刺やメールアドレスの管理もまだできてなく、単なる名刺コレクターの域を出ていませんし、広く浅いつき合いが大半ですが、この1万人との「接近戦」が最大の財産ですね。
事実、こんな私でも実際に会って気に入ってくれ、その多くの人が「小さな会社★儲けのルール」を周囲の社長さんやビジネスマンへ勧めてくれました。中には本をお客さんへの手土産に定期的に使ってくれる人もいて、こういう読者の方達のお陰で、「楽天ブックス」ではビジネス書2003年年間ベストセラーで1位にさせてもらました(2003年1/2の楽天ブックスニュース発表)。もう、感謝しかないですね。
★ローカル限定出版
そして、最初に出版が決まっていながら延び延びになっていた2冊目「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」が2004年の1月末に発売。これは福岡の小さなローカル出版社「石風社」が発売元で、書店ルートでは福岡地区以外には流れていません(ネットでは全国発売)。ですから1冊目ほどは売れていませんが既に第2刷となり、地場出版業界では平均約2000冊のところ現在7000部で、ローカル限定出版としては大健闘です。
「栢野さんは本が出せてラッキーでしたね」とよく言われます。しかし、私に言わせたら、これはラッキーでも何でもない。誰にでもチャンスはあると思います。出版不況とは言われますが、出版社は常に新しい書き手を捜しています。でも、「待っているだけ」では話は来ません。
★本は誰でも出せる
最近、増えているのは「メルマガ」や「楽天日記」を出し、読者やアクセスを増やして出版編集者の注目を浴び、本の出版に結びつけるという方法。私の友人では「がんばれ社長」の武沢さん、「営業マンは断ることを覚えなさい」の石原さん、「週末起業」の藤井さん、「経営戦略考」の森さん他がいます。
また、大阪の「自然産業振興・売上増進会」の栗本さんの場合、企画書を書いて約20社へ送って交渉し、何度も断られながらも最後には「もっと儲かりまっせ」をアサ出版から出しました。
私も最初に出版が決まった「逆転バカ社長」の場合、メルマガも何も出していない2002年3月、書き上げた原稿と企画書を東京の出版社約30社へ送り、当然?全滅。しかし、ダメ元で電話をして直接訪問して会った地元「石風社」藤村さんに、最後の最後で認めてもらい、OKとなりました。
投稿者 SOHO's Club 2004年6月3日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★寝食忘れて読者と対話
こうして本を売るために、メルマガ・楽天日記・書店への挨拶回り・FAX・メール・無料相談を始めたところ、読者の方から「ありがとうございます!」の嵐をもらい、感謝感激。それがうれしくて、とにかく自分がその時点で持っている情報やノウハウや事例を、さらにメルマガや楽天日記にぶつけたところ、「目が覚めた!」「救われた!」「人生が好転した!」「業績が上がった!」などの声が倍増。まあ、逆の立場の経験上、こういう声の大半はお世辞なんですが、それでもうれしかったですね。舞い上がった。
意外だったのは「小さな会社★儲けのルール」等のビジネス・経営的なアドバイスも受けたのですが、一番反響があったのが私自身や私の廻りの「人生敗者復活物語」。就職・転職・起業に失敗して痛い目にあった人が、どうやって人生を逆転したのか。恥ずかしいことやまずいことも沢山ありましたが、こうなったら全部吐き出してしまえと、好き勝手に書いたら、メルマガはオールアバウトの「スーパーおすすめメルマガ2003」に選ばれ、楽天日記はアクセスが1日2000~4000に急増。そして、初版7000部の本が1週間で増刷となり、忘れもしない2003年の1月、「小さな会社★儲けのルール」が楽天ブックスやアマゾンで全国ベストセラー総合1位、ビジネス書で1位となり、まあ、こういうのは一瞬ですが、なにせ「日本一」という経験は衝撃的で有頂天になり、しかし、逆に「こんな奇跡は自分の力ではない。感謝しかない」とも思うようになり、それまで以上に読者の起業・経営・人生相談に乗るようになり、さらにメルマガや楽天日記で多くの人に悩み解決のヒントを伝えたい!と、まさに寝食忘れて事務所に泊まり込み。
気づいたら1週間で体重が7キロも痩せていました。
★ヤケクソ講演が大反響
そして2003年2月、山口県の西京銀行から講演に呼ばれ、それまでも何回か講演はしていたんですが、その時は徹夜明けで疲れ、かつ、講演料も交通費込みで3万円と安く、もういいや、いつもはレジメも用意してマジメに話すが、今日は何もなし。
好き勝手にその時のアドリブで話してやれ、ヤケクソだ!!と、いつもの経営の話に加え、「人生は本気!正直!感謝しかない!」をブチまげたところ、会場や主催者から大反響。気づけば年間100回近く、アチコチから講演に呼ばれるようになりました
こうして本を売るために、メルマガ・楽天日記・書店への挨拶回り・FAX・メール・無料相談を始めたところ、読者の方から「ありがとうございます!」の嵐をもらい、感謝感激。それがうれしくて、とにかく自分がその時点で持っている情報やノウハウや事例を、さらにメルマガや楽天日記にぶつけたところ、「目が覚めた!」「救われた!」「人生が好転した!」「業績が上がった!」などの声が倍増。まあ、逆の立場の経験上、こういう声の大半はお世辞なんですが、それでもうれしかったですね。舞い上がった。
意外だったのは「小さな会社★儲けのルール」等のビジネス・経営的なアドバイスも受けたのですが、一番反響があったのが私自身や私の廻りの「人生敗者復活物語」。就職・転職・起業に失敗して痛い目にあった人が、どうやって人生を逆転したのか。恥ずかしいことやまずいことも沢山ありましたが、こうなったら全部吐き出してしまえと、好き勝手に書いたら、メルマガはオールアバウトの「スーパーおすすめメルマガ2003」に選ばれ、楽天日記はアクセスが1日2000~4000に急増。そして、初版7000部の本が1週間で増刷となり、忘れもしない2003年の1月、「小さな会社★儲けのルール」が楽天ブックスやアマゾンで全国ベストセラー総合1位、ビジネス書で1位となり、まあ、こういうのは一瞬ですが、なにせ「日本一」という経験は衝撃的で有頂天になり、しかし、逆に「こんな奇跡は自分の力ではない。感謝しかない」とも思うようになり、それまで以上に読者の起業・経営・人生相談に乗るようになり、さらにメルマガや楽天日記で多くの人に悩み解決のヒントを伝えたい!と、まさに寝食忘れて事務所に泊まり込み。
気づいたら1週間で体重が7キロも痩せていました。
★ヤケクソ講演が大反響
そして2003年2月、山口県の西京銀行から講演に呼ばれ、それまでも何回か講演はしていたんですが、その時は徹夜明けで疲れ、かつ、講演料も交通費込みで3万円と安く、もういいや、いつもはレジメも用意してマジメに話すが、今日は何もなし。
好き勝手にその時のアドリブで話してやれ、ヤケクソだ!!と、いつもの経営の話に加え、「人生は本気!正直!感謝しかない!」をブチまげたところ、会場や主催者から大反響。気づけば年間100回近く、アチコチから講演に呼ばれるようになりました
投稿者 SOHO's Club 2004年5月26日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★メルマガとHPでPR
本は出来たが、そのままでは売れない。私はこちらから打って出ねばと、いくつかの行動を起こしました。一つはメルマガの発行。これは私の友人で「伊達塾」坂之上という営業コンサルからアドバイスを受け、内容はともかく、誰でもワープロ打つだけで無料で宣伝PRできますよと。2002年11月当時の彼はFPコンサルでしたが、メルマガとHPを使って情報ツールを月に100万円以上売り上げていました。
また「がんばれ社長!」の武沢さんのメルマガで、昔の友人でメルマガ「営業マンは断ることを覚えなさい」を出していた石原明と約20年ぶりに再会。彼もメルマガの効果で大きく売上を上げているのを知り、まあ、失敗しても無料だからと「バカ社長の成功事例100連発!」を発行。さらに、これも無料と聞き、楽天日記「人生はアドベンチャーだ」も開始。
かつ、本の販売の9割以上はアナログの本屋。ネットだけではダメだと、まずは福岡地元を抑えようと、ほぼ3日に1回は主要書店を巡回。名刺とチラシを持ち、店長やレジの女性に挨拶回りをしました。いわゆる接近戦というヤツですが、地元の人間が本を出すことは少なく、かつ、作家?自らが店に挨拶廻りに来るのは珍しいらしく、どこも歓迎して大きく平積みにしてくれました。
★弱者の戦略で本を売る
余談ですが、250万部も売れた作家「世界の中心で愛を叫ぶ」の片山さんは福岡在住。実は片山さんも売れない時代、よく書店挨拶をしていたそうです。億万長者になった今も「普通の人の目線を忘れたくない。意地でも生活態度は変えない」と地元新聞のインタビューに応えていました。
そして、地元書店以外はネットで調べた約1000店へFAXとメールで挨拶。さらに、ネット検索で出てきた「起業・独立・小企業・ベンチャー」等のサイトやメルマガや掲示板へ「こんな本を出しました。ヨロシクお願いします!」とメール挨拶や書き込み。さらに読者からの感想メールにはその日にすぐに返信。悩みや課題で、私がわかりそうなことには無料でメール解答、または電話相談に乗りました。
手応えを感じたのは、この読者との直接メールやFAX・電話。ほとんどの人から「いやー、びっくりしました。著者の方から直接連絡もらえるとは思いませんでした」「感想を送って返事があったのは初めてです」「相談にまで乗ってくれてありがとうございます!」と声をもらい、ますますやる気に。とにかくうれしくて感謝感激しましたね。
当たり前ですが、有名作家は皆、一々読者とつき合う暇はない。連絡先も書いていないのが多い。ならば、田舎の無名な俺は、弱者の戦略でエンドユーザーと直接コミュニケーションをしよう。これしかない!と、気づいたら家に帰るのを忘れていました。
本は出来たが、そのままでは売れない。私はこちらから打って出ねばと、いくつかの行動を起こしました。一つはメルマガの発行。これは私の友人で「伊達塾」坂之上という営業コンサルからアドバイスを受け、内容はともかく、誰でもワープロ打つだけで無料で宣伝PRできますよと。2002年11月当時の彼はFPコンサルでしたが、メルマガとHPを使って情報ツールを月に100万円以上売り上げていました。
また「がんばれ社長!」の武沢さんのメルマガで、昔の友人でメルマガ「営業マンは断ることを覚えなさい」を出していた石原明と約20年ぶりに再会。彼もメルマガの効果で大きく売上を上げているのを知り、まあ、失敗しても無料だからと「バカ社長の成功事例100連発!」を発行。さらに、これも無料と聞き、楽天日記「人生はアドベンチャーだ」も開始。
かつ、本の販売の9割以上はアナログの本屋。ネットだけではダメだと、まずは福岡地元を抑えようと、ほぼ3日に1回は主要書店を巡回。名刺とチラシを持ち、店長やレジの女性に挨拶回りをしました。いわゆる接近戦というヤツですが、地元の人間が本を出すことは少なく、かつ、作家?自らが店に挨拶廻りに来るのは珍しいらしく、どこも歓迎して大きく平積みにしてくれました。
★弱者の戦略で本を売る
余談ですが、250万部も売れた作家「世界の中心で愛を叫ぶ」の片山さんは福岡在住。実は片山さんも売れない時代、よく書店挨拶をしていたそうです。億万長者になった今も「普通の人の目線を忘れたくない。意地でも生活態度は変えない」と地元新聞のインタビューに応えていました。
そして、地元書店以外はネットで調べた約1000店へFAXとメールで挨拶。さらに、ネット検索で出てきた「起業・独立・小企業・ベンチャー」等のサイトやメルマガや掲示板へ「こんな本を出しました。ヨロシクお願いします!」とメール挨拶や書き込み。さらに読者からの感想メールにはその日にすぐに返信。悩みや課題で、私がわかりそうなことには無料でメール解答、または電話相談に乗りました。
手応えを感じたのは、この読者との直接メールやFAX・電話。ほとんどの人から「いやー、びっくりしました。著者の方から直接連絡もらえるとは思いませんでした」「感想を送って返事があったのは初めてです」「相談にまで乗ってくれてありがとうございます!」と声をもらい、ますますやる気に。とにかくうれしくて感謝感激しましたね。
当たり前ですが、有名作家は皆、一々読者とつき合う暇はない。連絡先も書いていないのが多い。ならば、田舎の無名な俺は、弱者の戦略でエンドユーザーと直接コミュニケーションをしよう。これしかない!と、気づいたら家に帰るのを忘れていました。
投稿者 SOHO's Club 2004年5月19日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★これじゃダメだ!
こうしてなんとか「小さな会社★儲けのルール」の原稿は書き上げたんですが、出来上がってみると、「とても本になるシロモノではない。これは竹田ランチェスター戦略の触り程度だ。こんな内容では、共著で名前があがる竹田先生の名を汚す。成功事例もとりあえずは各社1ページずつ書いたが、本当の成功要因はこんな薄っぺらなものではない。ダメだー」と本当に思い、フォレスト出版の編集田中さん、太田社長に、書き直しを申請。
田中さんは「大丈夫です。これでいけますよ」と何度も励ましてくれましたが、私にとってはお世辞にしか聞こえない。しかし、最後は太田社長が「いいんです。言いたいことを全部書くと、読者にとってはくどくなって読みにくい。この程度でいいんです。ベッドに横になって、さらっと読める程度でいい。難しい内容では売れない。それに言いたいことがあるなら、2冊目に書けばいい。とにかく、11月末には出しますから、これで打ち止め」と言われ、そのまま出版することに・・・。
★ついに全国発売
こうして2002年11月中旬、本の初版が出来上がり、私の元に本が届きました。とりあえずは出来た。これから発売される。しかし、この時点でも「こんな本は売れるはずがない。売れても非難ごうごうだろう。大変なことをしてしまった」と思い、竹田先生が事務所に来られたときも「こんなレベルでしか書けず、すみません」と謝りました。
竹田先生は「いや、独立起業を目指す人と、起業間もない人向けに、ココまで書いた本はない。大丈夫・・。でも、さあ、どこまで売れるかなあ」。
その後11月20日頃、太田社長がわざわざ東京から福岡まで来ることになったんですが、とてもなにか恥ずかしい。実はこの頃、私はまだウツの真っ最中で、勢いのある人には会いたくない。太田社長が来た当日も薬局へ行き、抗ウツ剤を飲み、ユンケルも飲みましたが、全然、やる気も自信も出ない。会ったときも何を話したのか覚えていません。なんか、ひたすら謝っていたような気がします。
そして11月25日、ついに「小さな会社★儲けのルール」が全国発売。しかし、本なんて売れても収入は知れています。最初の印税契約は印刷部数×6%。ビジネス書なんて99%は1万部も行かないのが実情。だから、1万部でも1400円×6%×1万=84万円です。とても食えない。実はこの頃、預金も底を尽き、本は出来たが、さて、これからどうやって生きていこうか。この1年は本を書くのに勢力と時間を使い、前の広告業のお客さんもほったらかしで仕事もない。講演のまねごとも、月に1回程度でせいぜい3万とか5万。私は出来上がった本を目の前にし、まさに途方に暮れていました・・・。
こうしてなんとか「小さな会社★儲けのルール」の原稿は書き上げたんですが、出来上がってみると、「とても本になるシロモノではない。これは竹田ランチェスター戦略の触り程度だ。こんな内容では、共著で名前があがる竹田先生の名を汚す。成功事例もとりあえずは各社1ページずつ書いたが、本当の成功要因はこんな薄っぺらなものではない。ダメだー」と本当に思い、フォレスト出版の編集田中さん、太田社長に、書き直しを申請。
田中さんは「大丈夫です。これでいけますよ」と何度も励ましてくれましたが、私にとってはお世辞にしか聞こえない。しかし、最後は太田社長が「いいんです。言いたいことを全部書くと、読者にとってはくどくなって読みにくい。この程度でいいんです。ベッドに横になって、さらっと読める程度でいい。難しい内容では売れない。それに言いたいことがあるなら、2冊目に書けばいい。とにかく、11月末には出しますから、これで打ち止め」と言われ、そのまま出版することに・・・。
★ついに全国発売
こうして2002年11月中旬、本の初版が出来上がり、私の元に本が届きました。とりあえずは出来た。これから発売される。しかし、この時点でも「こんな本は売れるはずがない。売れても非難ごうごうだろう。大変なことをしてしまった」と思い、竹田先生が事務所に来られたときも「こんなレベルでしか書けず、すみません」と謝りました。
竹田先生は「いや、独立起業を目指す人と、起業間もない人向けに、ココまで書いた本はない。大丈夫・・。でも、さあ、どこまで売れるかなあ」。
その後11月20日頃、太田社長がわざわざ東京から福岡まで来ることになったんですが、とてもなにか恥ずかしい。実はこの頃、私はまだウツの真っ最中で、勢いのある人には会いたくない。太田社長が来た当日も薬局へ行き、抗ウツ剤を飲み、ユンケルも飲みましたが、全然、やる気も自信も出ない。会ったときも何を話したのか覚えていません。なんか、ひたすら謝っていたような気がします。
そして11月25日、ついに「小さな会社★儲けのルール」が全国発売。しかし、本なんて売れても収入は知れています。最初の印税契約は印刷部数×6%。ビジネス書なんて99%は1万部も行かないのが実情。だから、1万部でも1400円×6%×1万=84万円です。とても食えない。実はこの頃、預金も底を尽き、本は出来たが、さて、これからどうやって生きていこうか。この1年は本を書くのに勢力と時間を使い、前の広告業のお客さんもほったらかしで仕事もない。講演のまねごとも、月に1回程度でせいぜい3万とか5万。私は出来上がった本を目の前にし、まさに途方に暮れていました・・・。
投稿者 SOHO's Club 2004年5月12日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★書いてはビデオを見直す日々
しかし、とにかく書かねばならない。独立起業を目指す人&起業間もない小企業のために、難解な「弱者必勝のランチェスター戦略」をかみ砕き、その具体例を示す・・・それはまさに、竹田先生とのつき合いとベンチャー大学を10年やってきた俺がやるべきことだと。そこでまず、竹田先生のベンチャー大学での生ビデオを全部見直しました。全部で3時間×15本=45時間。
プラス、先生が出している約100本の教材ビデオのうち、初心者向けに出した30本×2時間=60時間。かつ、それに付随するテキストや本を約50冊。さらに、事例集でもある「ベンチャー大学」の起業家ゲスト講師の話のビデオ約30人分・・・。毎日毎日約15時間、勉強しては書き、書いてはビデオをまた見ての繰り返し・・・。もう頭がこんがらがって、ウツ状態となり、しかし、それでも前に進まねばならない・・・。苦しかったですねえ。
★担当者と妻の支え
この「小さな会社★儲けのルール」の編集担当はフォレスト出版の田中さんという方で、それこそ毎日、メールや電話で励ましとプッシュをもらいましたが、もう2度とあんな目には会いたくないというほど苦しみました。一番苦しかったのは、今回は自分のオリジナルがほとんど出せないということ。あくまでも表向きは「竹田陽一の本」であり、好き勝手には書けない。しかし、自分オリジナルがまったくないのでは面白くない。基本を忠実に守りながら、読者にわかりやすくするために、今までよりも多少のオリジナルを出す。ここに一番苦労しました。かつ、竹田理論に合う企業事例の選択と記述。通常、この手の経営戦略本には事例はほとんどなく、あっても大企業の事例がほとんど。しかし、それでは起業目指す人&小企業には役立たない。無名でもわかりやすい中小企業の実例、かつ、出すからには実名で、そのためには相手の了解も得なければならない・・・。ここはベンチャー大学での過去10年の人脈が役立ち、ほぼ全員が電話一本でOKでした。
★発売日が決定
発売は2002年11月25日と決まり、逆算すると10月中旬が締め切り。この6月から10月まで外部の仕事やつき合いは一切遮断し、寝間着姿で事務所に泊まり込みましたが、その結果、仕事してないですからお金もドンドンなくなり、しかし、外部の他の仕事をすると本が進まない・・・。このジレンマとの精神的闘いも苦しかったですねえ。支えてくれた妻と、編集担当の田中さんには感謝してもしきれません。
しかし、こうしてなんとか10月初旬、約200ページ分の原稿は出来たんですが、見直してみると、とても本に出来るような内容ではない。コリャダメだと愕然としましたね。あまりに簡単すぎる。竹田ランチェスターのさわりでしかない。私は田中さんへ、書き直しを申請しました。
しかし、とにかく書かねばならない。独立起業を目指す人&起業間もない小企業のために、難解な「弱者必勝のランチェスター戦略」をかみ砕き、その具体例を示す・・・それはまさに、竹田先生とのつき合いとベンチャー大学を10年やってきた俺がやるべきことだと。そこでまず、竹田先生のベンチャー大学での生ビデオを全部見直しました。全部で3時間×15本=45時間。
プラス、先生が出している約100本の教材ビデオのうち、初心者向けに出した30本×2時間=60時間。かつ、それに付随するテキストや本を約50冊。さらに、事例集でもある「ベンチャー大学」の起業家ゲスト講師の話のビデオ約30人分・・・。毎日毎日約15時間、勉強しては書き、書いてはビデオをまた見ての繰り返し・・・。もう頭がこんがらがって、ウツ状態となり、しかし、それでも前に進まねばならない・・・。苦しかったですねえ。
★担当者と妻の支え
この「小さな会社★儲けのルール」の編集担当はフォレスト出版の田中さんという方で、それこそ毎日、メールや電話で励ましとプッシュをもらいましたが、もう2度とあんな目には会いたくないというほど苦しみました。一番苦しかったのは、今回は自分のオリジナルがほとんど出せないということ。あくまでも表向きは「竹田陽一の本」であり、好き勝手には書けない。しかし、自分オリジナルがまったくないのでは面白くない。基本を忠実に守りながら、読者にわかりやすくするために、今までよりも多少のオリジナルを出す。ここに一番苦労しました。かつ、竹田理論に合う企業事例の選択と記述。通常、この手の経営戦略本には事例はほとんどなく、あっても大企業の事例がほとんど。しかし、それでは起業目指す人&小企業には役立たない。無名でもわかりやすい中小企業の実例、かつ、出すからには実名で、そのためには相手の了解も得なければならない・・・。ここはベンチャー大学での過去10年の人脈が役立ち、ほぼ全員が電話一本でOKでした。
★発売日が決定
発売は2002年11月25日と決まり、逆算すると10月中旬が締め切り。この6月から10月まで外部の仕事やつき合いは一切遮断し、寝間着姿で事務所に泊まり込みましたが、その結果、仕事してないですからお金もドンドンなくなり、しかし、外部の他の仕事をすると本が進まない・・・。このジレンマとの精神的闘いも苦しかったですねえ。支えてくれた妻と、編集担当の田中さんには感謝してもしきれません。
しかし、こうしてなんとか10月初旬、約200ページ分の原稿は出来たんですが、見直してみると、とても本に出来るような内容ではない。コリャダメだと愕然としましたね。あまりに簡単すぎる。竹田ランチェスターのさわりでしかない。私は田中さんへ、書き直しを申請しました。
投稿者 SOHO's Club 2004年4月28日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★共著で出版
こうしてゴーストライターをやる了承もらおうと、ランチェスター経営(株)の竹田先生に「出版社から私にゴーストライターをと言う話がありました」とFAXを送る直前、ふと、今回の本は全国発売。一世一代のチャンスです。思い切って「・・・できれば、共著にしてもらえませんか?」と一言付け加え、流しました。大先生には失礼な申し出。
しかし、忘れもしません。送ってわずか3分後、受信のFAXがカタカタと。見ると「今回の本は初心者向けの本。あなたが好きに書きなさい。共著どころか、私の名前は<監修>で小さ~くどこかに入ればいいです」。
それを見て、妻と2人で「やった~!!!!」と大騒ぎ。しかし、今度は出版社側に承諾をもらわねばなりません。
いろいろ考え、「竹田先生から、今回は共著でという話があるんですが、どうでしょう?」とメール流すと、フォレスト出版の太田社長から「・・・いいですよ。ただし、竹田先生の名前が大きく、栢野さんの名前は一回り小さくなりますが、それでもいいですか?」と。小さくも何も、名前が出るだけでラッキー。またも妻と2人で「やったーーー!!」と大喜び。「小さな会社★儲けのルール/ランチェスター経営7つの成功戦略」の原稿にとりかかりました。
★筆が進まない
最初は竹田先生が以前に中経出版から出していた「独立を考えたら読む本」のリメイク版をと言われていました。弱者必勝のランチェスター戦略に基づき、独立起業を目指す人向けの成功戦略をわかりやすく・・・と。でも、まったく同じでは意味がない。やるなら、オリジナリティを出したい。
そこで出てきたのが、在る意味では簡単なアイデアですが、成功戦略に沿って、なるべく沢山の事例を入れようということ。幸い、私は12年前から毎月「九州ベンチャー大学」をやっていて、それまで約100人のゲストを呼んでましたが、その中にはランチェスター戦略で成功した社長ももの凄く多い。竹田先生の戦略理論+生の事例を実名でと骨子は決まり、2002年6月から書き始めました。しかし、いざ書き始めると、これが全く進まない。毎日毎日頭を抱え、またも鬱状態になり、途方に暮れました・・・。
こうしてゴーストライターをやる了承もらおうと、ランチェスター経営(株)の竹田先生に「出版社から私にゴーストライターをと言う話がありました」とFAXを送る直前、ふと、今回の本は全国発売。一世一代のチャンスです。思い切って「・・・できれば、共著にしてもらえませんか?」と一言付け加え、流しました。大先生には失礼な申し出。
しかし、忘れもしません。送ってわずか3分後、受信のFAXがカタカタと。見ると「今回の本は初心者向けの本。あなたが好きに書きなさい。共著どころか、私の名前は<監修>で小さ~くどこかに入ればいいです」。
それを見て、妻と2人で「やった~!!!!」と大騒ぎ。しかし、今度は出版社側に承諾をもらわねばなりません。
いろいろ考え、「竹田先生から、今回は共著でという話があるんですが、どうでしょう?」とメール流すと、フォレスト出版の太田社長から「・・・いいですよ。ただし、竹田先生の名前が大きく、栢野さんの名前は一回り小さくなりますが、それでもいいですか?」と。小さくも何も、名前が出るだけでラッキー。またも妻と2人で「やったーーー!!」と大喜び。「小さな会社★儲けのルール/ランチェスター経営7つの成功戦略」の原稿にとりかかりました。
★筆が進まない
最初は竹田先生が以前に中経出版から出していた「独立を考えたら読む本」のリメイク版をと言われていました。弱者必勝のランチェスター戦略に基づき、独立起業を目指す人向けの成功戦略をわかりやすく・・・と。でも、まったく同じでは意味がない。やるなら、オリジナリティを出したい。
そこで出てきたのが、在る意味では簡単なアイデアですが、成功戦略に沿って、なるべく沢山の事例を入れようということ。幸い、私は12年前から毎月「九州ベンチャー大学」をやっていて、それまで約100人のゲストを呼んでましたが、その中にはランチェスター戦略で成功した社長ももの凄く多い。竹田先生の戦略理論+生の事例を実名でと骨子は決まり、2002年6月から書き始めました。しかし、いざ書き始めると、これが全く進まない。毎日毎日頭を抱え、またも鬱状態になり、途方に暮れました・・・。
投稿者 SOHO's Club 2004年4月21日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★持ち込み原稿OK
こうして地元の出版社・石風社に持ち込んだ原稿が、今の「逆転バカ社長/天職発見の人生マニュアル」なんですが、1週間後に「やりましょう」という解答をもらい、やったー!!と妻と2人で喜びました。
が、初版は3000部。そのうちの1500部は買い取りという、まあ、いわば自費出版みたいな条件。これは無名の新人・かつ、田舎の出版社・・の場合は仕方ない。私の師匠で累計50万部も売ったランチェスター経営・竹田先生でさえ、最初の数冊は自費出版でしたし、本の形にしてくれるだけでありがたい。
しかし、1500部買い取り×1500円=225万円で、多少の著者割引はあり、出版社からも「徐々に売ってくれればいいです」とは言われましたが、本が出るうれしさ+売らねばというプレッシャーがズシリ。印税もほぼ期待できず、うーん、とりあえず本にはなるが、今後の稼ぎや生活はどうしようと、相変わらず悩んでいました。
そして、「逆転バカ社長」の第一次校正を終えた2002年6月、以前社長に会ったことがある「フォレスト出版」のhpを見ていると、<毎月抽選でお好きな本をプレゼント>とあったので応募。ついでに「太田社長、お久しぶりです。ところで、竹田先生の本はどうなってるんですか?早く出してください」とご意見コーナーに書いてメールしました。
実はこの1年ほど前、フォレスト出版の太田社長、竹田先生、私の3人で逢ったことがあり、その時はフォレスト出版から竹田先生への執筆依頼だったんですが、竹田先生が「この人にも書かせなさい。面白いよ」と言ってくれ、「じゃあ、栢野さん、書きましょう!」と言われてヤッター!
翌日、書きためていた原稿やエッセイをFAXで送ったんですが、その後、数日、数週間、数カ月経っても何の連絡もナシ。まあ、酒の席での話だし、こっちもまさかねえ、向こうも、コリャダメだ・と思ったんだろう・・と、本にするという話は流れていました。
まあ、フラれたというか、やっぱり、俺程度じゃダメなんだと落胆しました。
★ゴーストライター
その後、フォレスト出版が、竹田先生の本を初心者向けに勝手にリメイクして出すという話を聞いていたんですが、なかなか出ない。だから、メールでもプッシュしたんです。早く出せよと。3日後、太田社長からメール。「・・・で竹田先生の本はリメイクするライターがうまく行かない・・。そうだ、栢野さん、ゴーストしませんか?」
????!!!!!ゴースト。
つまり、竹田先生の本をゴーストライターとして書かないかという話です。俺の名前は出ない・・・。だけど、ゴーストライターやれば何十万かの金にはなる。当時は執筆に専念し、年収も100万円程度で仕事がない状態。「でもゴーストかあ・・」とぼやくと、横にいた妻が「竹田先生のゴーストなんて、あなたがやるしかないじゃないの。10年もつきあってるし・・。それに、もううちは金もないんだから、やりなさい!!」と後押しもあり、やることに・・。
こうして地元の出版社・石風社に持ち込んだ原稿が、今の「逆転バカ社長/天職発見の人生マニュアル」なんですが、1週間後に「やりましょう」という解答をもらい、やったー!!と妻と2人で喜びました。
が、初版は3000部。そのうちの1500部は買い取りという、まあ、いわば自費出版みたいな条件。これは無名の新人・かつ、田舎の出版社・・の場合は仕方ない。私の師匠で累計50万部も売ったランチェスター経営・竹田先生でさえ、最初の数冊は自費出版でしたし、本の形にしてくれるだけでありがたい。
しかし、1500部買い取り×1500円=225万円で、多少の著者割引はあり、出版社からも「徐々に売ってくれればいいです」とは言われましたが、本が出るうれしさ+売らねばというプレッシャーがズシリ。印税もほぼ期待できず、うーん、とりあえず本にはなるが、今後の稼ぎや生活はどうしようと、相変わらず悩んでいました。
そして、「逆転バカ社長」の第一次校正を終えた2002年6月、以前社長に会ったことがある「フォレスト出版」のhpを見ていると、<毎月抽選でお好きな本をプレゼント>とあったので応募。ついでに「太田社長、お久しぶりです。ところで、竹田先生の本はどうなってるんですか?早く出してください」とご意見コーナーに書いてメールしました。
実はこの1年ほど前、フォレスト出版の太田社長、竹田先生、私の3人で逢ったことがあり、その時はフォレスト出版から竹田先生への執筆依頼だったんですが、竹田先生が「この人にも書かせなさい。面白いよ」と言ってくれ、「じゃあ、栢野さん、書きましょう!」と言われてヤッター!
翌日、書きためていた原稿やエッセイをFAXで送ったんですが、その後、数日、数週間、数カ月経っても何の連絡もナシ。まあ、酒の席での話だし、こっちもまさかねえ、向こうも、コリャダメだ・と思ったんだろう・・と、本にするという話は流れていました。
まあ、フラれたというか、やっぱり、俺程度じゃダメなんだと落胆しました。
★ゴーストライター
その後、フォレスト出版が、竹田先生の本を初心者向けに勝手にリメイクして出すという話を聞いていたんですが、なかなか出ない。だから、メールでもプッシュしたんです。早く出せよと。3日後、太田社長からメール。「・・・で竹田先生の本はリメイクするライターがうまく行かない・・。そうだ、栢野さん、ゴーストしませんか?」
????!!!!!ゴースト。
つまり、竹田先生の本をゴーストライターとして書かないかという話です。俺の名前は出ない・・・。だけど、ゴーストライターやれば何十万かの金にはなる。当時は執筆に専念し、年収も100万円程度で仕事がない状態。「でもゴーストかあ・・」とぼやくと、横にいた妻が「竹田先生のゴーストなんて、あなたがやるしかないじゃないの。10年もつきあってるし・・。それに、もううちは金もないんだから、やりなさい!!」と後押しもあり、やることに・・。
投稿者 SOHO's Club 2004年4月14日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
★出版社へ売込み
2002年3月、こうしてなんとか書き上げた原稿(「逆転バカ社長/天職発見の人生マニュアル」の元になったもの)の一部+目次+自己紹介を、ネットで検索した有名出版社約35社へ郵送で送りましたが、約半分からは「すみませんが今回は・・」と型どおりのお断りの文書で、他は何の反応もなし。まあ、当たり前ですね。
出版社によっては毎日数十通も売り込みがあり、とても全部の売り込み原稿を読む暇はない。ましてや無名の田舎の人間だし・・・・とマイナス思考。
実は原稿を送って1週間後、ビジネス書では有名な日本実業出版社から「面白そうなので原稿を全部送って下さい」とメールをもらいましたが、「取り上げる社長が有名大企業ならともかく、福岡の無名社長ばかりでは無理ですね。売れない」。まあ、そうだろうと意気消沈していると、地元の小さな出版社・石風社の藤村さんから電話。「原稿読みました。一度会いませんか?」。
実はこの最初の本を書くときにこだわったのが「天職」。人はどうやって天職に巡り会ったのか? これが当時の私の作家?としてのテーマであり、自分自身のテーマでもあったのです。
★天職の見つけ方
何度も転職し、独立もとりあえずはしていたが、自分の天職がわからない。聞けば、そういう人は山ほどいる。それで、今まで知り合った各界の成功者に、どういう人生を歩んで、何がキッカケで今の天職を見つけたのかを聞きまくりました。その中に、何か自分の天職をつかむヒントもあるんではないかと。
その頃読んだ「本を出すための本」を読んでいると、「あなたが出したい本と同じジャンルの本を出版している出版社・編集者に売り込むといいです。理解されやすく、話が早い・・」と書いてあり、ネットで「天職」をキーワードにビジネス書を検索してみました。すると、意外に少なく、その中でも自分が描いたイメージに最も近いのは「私の天職」という本で、見ると福岡の出版社じゃないですか。なーんだと電話し、ココには原稿と企画書(目次)を直接持っていきました。そして電話をもらい、ドキドキの面談となりました。
2002年3月、こうしてなんとか書き上げた原稿(「逆転バカ社長/天職発見の人生マニュアル」の元になったもの)の一部+目次+自己紹介を、ネットで検索した有名出版社約35社へ郵送で送りましたが、約半分からは「すみませんが今回は・・」と型どおりのお断りの文書で、他は何の反応もなし。まあ、当たり前ですね。
出版社によっては毎日数十通も売り込みがあり、とても全部の売り込み原稿を読む暇はない。ましてや無名の田舎の人間だし・・・・とマイナス思考。
実は原稿を送って1週間後、ビジネス書では有名な日本実業出版社から「面白そうなので原稿を全部送って下さい」とメールをもらいましたが、「取り上げる社長が有名大企業ならともかく、福岡の無名社長ばかりでは無理ですね。売れない」。まあ、そうだろうと意気消沈していると、地元の小さな出版社・石風社の藤村さんから電話。「原稿読みました。一度会いませんか?」。
実はこの最初の本を書くときにこだわったのが「天職」。人はどうやって天職に巡り会ったのか? これが当時の私の作家?としてのテーマであり、自分自身のテーマでもあったのです。
★天職の見つけ方
何度も転職し、独立もとりあえずはしていたが、自分の天職がわからない。聞けば、そういう人は山ほどいる。それで、今まで知り合った各界の成功者に、どういう人生を歩んで、何がキッカケで今の天職を見つけたのかを聞きまくりました。その中に、何か自分の天職をつかむヒントもあるんではないかと。
その頃読んだ「本を出すための本」を読んでいると、「あなたが出したい本と同じジャンルの本を出版している出版社・編集者に売り込むといいです。理解されやすく、話が早い・・」と書いてあり、ネットで「天職」をキーワードにビジネス書を検索してみました。すると、意外に少なく、その中でも自分が描いたイメージに最も近いのは「私の天職」という本で、見ると福岡の出版社じゃないですか。なーんだと電話し、ココには原稿と企画書(目次)を直接持っていきました。そして電話をもらい、ドキドキの面談となりました。
投稿者 SOHO's Club 2004年4月7日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(1)
★テーマは「天職」
こうして4年ごし4回目?の本の原稿書きにチャレンジしたんですが、この時点では勿論、出版社からのオファーも何もありません。
先の見えないゴールに向かい、ただただ、今までに会った偉人=ベンチャー大学に迎えたゲストの起業家人生を、一人一人まとめていきました。テーマは「天職」。人はどうやって天職に巡り会ったのか???
実はこの本の原稿を書いている時点でも、私自身、自分の天職は発見できていませんでした。大学を卒業してから、転職・転職の繰り返し。それも失敗ばかり。成り行きで独立もしていましたが、もうずっと年収も300万前後で生活はサイテーレベル。
去年、経済評論家「森永卓郎」が「年収300万円時代の経済学」なんて本を出しましたが、あんな東大を出て役人・大企業・UFJ総研・・と、一度も自分は年収300万円も経験してない評論家には絶対に負けないほど、様々な極貧生活術を実行していました。
★極貧生活術
移動は自転車、外では缶コーヒーなどは飲まない、菓子パンは3つにちぎって3日は持たせる、飲み会も2次会には行かない、服も5年以上買わない、傘やタオルも拾ったヤツを使う、トイレの水も「小」をたくみに使って水道代を浮かす、チラシも裏が白いヤツは全部プリント要に収集する、セミナー参加も無料のヤツをマメにチェック、外食の際もノリ弁や400円以下のものしか食べない…etc。
こうして生活を削りに削り、まさに身を切るような想いで原稿を書き、もう今回で「本を出す!」と言うのは4回目だし、年賀状にまで書いたし、とにかく書かねば恥を書くし、自分自身の存在意義というか、他もいろいろ考えたけど、もうこれしかない!と、会社ははほとんど休業状態で、2001年12月~2002年2月末、人の天職発見プロセスを文章に書きながら、自分の天職探しもしていました。俺は作家になる!?!?
しかし、本は売れてもせいぜい1万部程度だし、印税も数十万円程度だし、なにより出版社も何も決まっていない。地方や素人は自費出版が普通ですが、最低でも300万はかかるという。そんな金はない・・どうするんだ・・・と想いながらも、なんとか25人ほどの「天職発見ストーリー」を書き上げ、その前後で「本の書き方・出し方」みたいな本を読み、「挨拶+目次+内容の一部」をまとめ、ダメモトで約30社の出版社へ送りました。コネも知り合いも一人もいませんでしたが、まあ、とにかく送るしかないと
こうして4年ごし4回目?の本の原稿書きにチャレンジしたんですが、この時点では勿論、出版社からのオファーも何もありません。
先の見えないゴールに向かい、ただただ、今までに会った偉人=ベンチャー大学に迎えたゲストの起業家人生を、一人一人まとめていきました。テーマは「天職」。人はどうやって天職に巡り会ったのか???
実はこの本の原稿を書いている時点でも、私自身、自分の天職は発見できていませんでした。大学を卒業してから、転職・転職の繰り返し。それも失敗ばかり。成り行きで独立もしていましたが、もうずっと年収も300万前後で生活はサイテーレベル。
去年、経済評論家「森永卓郎」が「年収300万円時代の経済学」なんて本を出しましたが、あんな東大を出て役人・大企業・UFJ総研・・と、一度も自分は年収300万円も経験してない評論家には絶対に負けないほど、様々な極貧生活術を実行していました。
★極貧生活術
移動は自転車、外では缶コーヒーなどは飲まない、菓子パンは3つにちぎって3日は持たせる、飲み会も2次会には行かない、服も5年以上買わない、傘やタオルも拾ったヤツを使う、トイレの水も「小」をたくみに使って水道代を浮かす、チラシも裏が白いヤツは全部プリント要に収集する、セミナー参加も無料のヤツをマメにチェック、外食の際もノリ弁や400円以下のものしか食べない…etc。
こうして生活を削りに削り、まさに身を切るような想いで原稿を書き、もう今回で「本を出す!」と言うのは4回目だし、年賀状にまで書いたし、とにかく書かねば恥を書くし、自分自身の存在意義というか、他もいろいろ考えたけど、もうこれしかない!と、会社ははほとんど休業状態で、2001年12月~2002年2月末、人の天職発見プロセスを文章に書きながら、自分の天職探しもしていました。俺は作家になる!?!?
しかし、本は売れてもせいぜい1万部程度だし、印税も数十万円程度だし、なにより出版社も何も決まっていない。地方や素人は自費出版が普通ですが、最低でも300万はかかるという。そんな金はない・・どうするんだ・・・と想いながらも、なんとか25人ほどの「天職発見ストーリー」を書き上げ、その前後で「本の書き方・出し方」みたいな本を読み、「挨拶+目次+内容の一部」をまとめ、ダメモトで約30社の出版社へ送りました。コネも知り合いも一人もいませんでしたが、まあ、とにかく送るしかないと
投稿者 SOHO's Club 2004年3月31日 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0)




